スポーツ

東日本大震災から5年 スポーツの未来が復興支援につながる

2016/06/14

2011年3月11日からちょうど5年。奇しくも今年は同じ金曜日。この日に自分の思いを書くことに意味があると思い、自分のメディアを持つ身として一筆したためようと思います。

 

私が感じた震災のリアル

5年前のこの日はまだ前職の会社にいる頃でした。プロフィールにも書いている通り前職はスポーツ専門のWeb制作会社で、Jリーグを始めとする週末の対応に準備をしていました。社内には試合中継を映すためのモニターが多数あり、止まらぬ揺れと今にも倒れそうなモニターを自分が押さえつけ、恐怖を覚えたのを記憶しています。

 

東北から少し離れた東京でさえも揺れは大きく、交通を始めとする都市機能を奪われ、自宅が遠かった私は帰る手段を失いました。同じ方向へ帰宅する同僚達と歩いたり、水も食料も買えず休むところもなく彷徨ったり。通話回線がパンクし、家族と連絡がついたのも夜になってから。遅くにようやく動いた私鉄に乗り込み、帰宅できたのは終電で帰ったのと変わらない深夜でした。

 

会社は23区だったため計画停電の対象から外れていましたが、自宅は神奈川県だったためにモロに影響を受けることに。当初は電車さえも停電中は止められましたし、休日の停電時に明かりを求めて外に出て広がるのは、5メートルさえ見ることも覚束ないほどの暗闇。日本の春の夜は、街灯がないと恐怖を感じるほど暗かったことを知りました。

 

私がリアルに感じた東日本大震災は、様々なことの不便さよりも、明かりがないことによる恐怖でした。何も見えないほど沈む闇の中が怖いと思ったのは、後にも先にも5年前しかありません。

 

実際に被災された方々や、被災地域に住んでいた方々の苦労と比べれば、私が感じたことはまったく大したことがないと思います。ただ、あの時そうやって恐怖を覚えたことで、私は東日本大震災のことを忘れずにいられる。今は東京に住む私には、山の中にでもいかない限りそんな闇は見つからないけれども、溶けるような暗闇を見かける度に当時のことが思い起こされます。

 

スポーツの未来をよくすることで、復興や世の中の役に立つことができる

そしてこんな時でも、私はスポーツの力というものを信じています。サッカーでも野球でも、メジャースポーツでなくても様々な競技が、多くの人々に生きるための活力と勇気を与えることができる。傍から観ているだけでも身体の奥底からエネルギーが湧いてくるような、そんな力がスポーツにはあると思います。

 

様々なクラブチームやアスリートが被災地支援を行ってきましたが、これからもそんな動きが継続されればいいなと思っています。願わくば、本当の復興が果たされるまで、スポーツがその使者であり続けられるように。

 

20160311

3/12のJリーグではベガルタ仙台対鹿島アントラーズ戦が「復興応援試合」と位置付けて開催される(キャプチャは公認サイトのJ's GOALより)

 

例えばJリーグでは「チカラをひとつに。-TEAM AS ONE-」として復興支援活動を継続しています。明日3/12のJリーグでは、復興応援試合としてベガルタ仙台対鹿島アントラーズが対戦します。おそらく意図的に組まれたスケジュールだとは思いますが、そうだとしても、5年前は試合を出来なかった3月12日という日に被災を経験した2チームがこの日に対戦するというのは間違いなく意味があるでしょう。

 

 

こうしたことがきっと人々に力を与えていく。日本のスポーツが日本の人々に力と勇気を与えられるものであることに、微力ではありますが私としても貢献をしていきたいですね。そうすることで、きっと少しは復興の役に立てるのではないかと思います。

 

スポーツの未来を良くしていくことが、間接的にでも復興や世の中の役に立つ。そんなことを思いながら、これからもスポーツに関わっていきたいと思います。

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