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選手の本当の利益とは何か? 新ポスティング制度の実利と弊害

2016/06/13

サッカー界では日本代表・本田圭佑選手のミラン(イタリア)への移籍、あるいはワールドカップの組み分け抽選や大会の展望などが話題になっていますが、プロ野球界での話題と言えば、新ポスティング制度に田中将大投手の移籍についてですね。

 

新ポスティング制度の締結にともなって様々な動きが出てきていますが、田中投手の移籍を楽天側が「容認ありきではない」と発言するということがありました。

 

楽天スカウト部長、米挑戦の田中容認は「長引く可能性はある」 | SANSPO.com

 

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選手会からの制度への反対で起きた、選手の利益にならない球団の行動

田中投手の移籍についての一連の流れを見ていて思うのは、「選手の利益とは一体何なのだろうか?」ということです。個人的には楽天側は移籍を了承するものと思っていたので、正直面食らったような気持ちでした。

 

まず、新ポスティング制度が締結されることになった経緯ですが、10月時点では「入札額を1位と2位の中間で決定する」という案で締結される見通しでした。この案での合意ができなかったのは、日本のプロ野球選手会が、複数の球団と交渉できないことを理由に反対の意見書を日本プロ野球機構(NPB)へ提出したことからです。11月初めには合意される予定だったものが、選手会の待ったによって宙に浮き、待ちきれなくなったメジャーリーグ側から一方的に破棄した、というものでした。

 

そして先日17日から発効した修正案というのは、「入札額の上限を2000万ドル(約20億円)に設定し、選手には手を挙げた全球団との交渉を認める」というもの。複数球団との交渉が認められたのは、選手会にとっては希望が叶ったと言えるのですが、この制度を受けて呼び起こされたのが楽天側の行動。前述の、「移籍の容認ありきではない」という楽天スカウト部長の発言でした。

 

おそらく、修正案ではなく当初の案のまま新制度が合意されていれば、楽天としては移籍を容認していたでしょう。入札額1位と2位の中間の額になるとはいえ、理論上の入札額は青天井で、過去に松坂大輔投手やダルビッシュ有投手につけられた評価額が得られる可能性もあった。戦力としては大きくマイナスでも、それを補うだけの補強資金を手にすることもできた。しかし、最大額が20億円ということになり、選手を手放すことのデメリットが大きくなってしまった、というのが今回の事情でしょう。

 

以前のポスティング制度では入札額が高騰してしまい、経済力に劣るメジャーリーグの球団が入札できない事態が起こっていたことから、アメリカ国内でも反発がありました。ということは、以前の制度へと戻る可能性は限りなくゼロに近い。今後制度が見直されるとしても、楽天が得られる額面は20億円からさほどは大きくならないと考えられる。こうなると選択肢としては、田中投手が2年後のFA権獲得を待つか、楽天側が20億円以下の移籍金で承認するしかない訳です(パッケージ・ディールという、理論上の策はあるようですが)。

 

選手会が修正前の案に反発したことで生まれたのが新制度ですが、これは果たして、選手のためになっているのでしょうか? 個人的には、選手にも球団にも利益が少ない制度になってしまっているように感じます。田中投手級のスターでも20億円という値段しかつかないのであれば、売らずにチームに残した際のマーケティングでの収入と天秤にかけて、「売らない」という判断をする球団は必ず増える。FA権獲得前にメジャーリーグへ移籍するための手段であったポスティングが、今度は選手の利益を損なう制度に変わった、ということになります。

 

新ポスティング制度によって起こる、人材流出や青田買いの危険

これで懸念されるのは、今後プロ野球界に入ってくる選手たちの行動の変化です。既にメジャーリーグへの人材流出が問題になってきていますが、これが加速する恐れがある。日本の球団を経てメジャーリーグへ行こうとする時に、FA権獲得しか実質的な手段がないとなると、獲得までの9年という期間は選手にとって長い。高卒で27歳、大卒であれば31歳という年齢でやっと獲得できることになる(出場試合数などによってはもっと長い)。

 

選手として最もいいと思われる時期をメジャーリーグでプレーしたい、と考えるならば「9年は待てない」と思う選手が出てくる。そうなると、高卒でそのままメジャーリーグへ渡るようなケースも必ず生まれると思います。アメリカのスカウトは日本にも目を向けている訳ですから、このようなケースが生まれれば青田買いのようなことも起きやすい。甲子園で目を付けられた高校生に、メジャー球団のスカウトの手が簡単に伸びる事態になりかねない。それはそのまま日本プロ野球の空洞化につながっていきます。

 

プロ野球選手会の行動から生まれた新ポスティング制度は、一体誰のためのものなのか? 選手の、または球団の本当の利益とは何なのか?

 

ポスティング制度だけでなく、ドラフト制やFA権獲得の期間見直しなども含めて、選手会・NPB・球団は一体になってこの問題に対処しなければならない。新ポスティング制度が、日本のプロ野球界の分岐点になるのではないでしょうか。

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