“レガシー”はスポーツだけで考えてはいけない
11月末日にして11月最初の更新です。色々書きたいことはありますが時間がなかなか割けない状況で、今回もちょっと手短に。
最近スポーツ界で騒がしい話題と言えば、東京オリンピックの会場の問題ですね。水泳とボート競技の会場は決定しましたが、バレーボールで使用する会場の決定はクリスマスまで先送り。既存の横浜アリーナか、新設の有明アリーナか。
この話題に関しては、昨日に日本トップリーグ連携機構の川淵三郎会長が発言したことがちょっとした波紋を呼んでいますね。
川淵会場の発言をどこまで真に受けていいのかは計りかねるところですが、個人的にはこの発言の裏にある考え方は大きく採り入れていいのではないかと思っています。というのも、東京オリンピックの話の中でよく言われる“レガシー”についてはスポーツだけで考えてはいけないと思うからです。
レガシー、レガシーと何度も話題に上っていますが、その意味としては五輪が終わった後の利用可能性についてがほとんどです。まるでスポーツ以外の利用を想定していないような話し方も見受けられて、“スポーツだけに使うスポーツ施設”を将来に残したいのか、一体何がレガシーなのかと疑問に思わざるを得ないところもあります。
スタジアムやらアリーナやらに関してはこのブログでも何度も触れていますが、アメリカやヨーロッパではスタジアムを商業施設や文化施設と捉えるのが当たり前なんですよね。なぜその考えに日本や東京はたどり着けないのか。その施設を利用してお金が回るような方法を考えればいいのに、そこの考えが浅い。
スポーツと都市を切り離して考えるのではなく、都市を作る要素や都市と一体になるスポーツというものを考えていかないといけない訳です。川淵会長が言うようにアリーナは音楽ライブでも利用できるし、バレーボールで使えるならバスケットボールにも使える。その他の文化利用も十分に考えられるに違いない。実際、既存施設として利用しようとしている横浜アリーナがそうなのですから。
お金の問題が優先順位として高いので、経費や建設費を削減するのも大事だと思いますが、もう少し違う切り口での議論もして欲しいところですね。組織委員会の森会長にはそうした考えは期待できないとは思いますが。